2010年01月09日

龍馬の夢実現させたカンパニー 亀山社中(産経新聞)

 異国情緒がただよう長崎の市街地に急勾配(こうばい)で続く石段。人がようやくすれ違えるほどの幅しかないが、週末になると観光客らがひんぱんに行き交う。かつて坂本龍馬が往来したとされるこの坂道は「龍馬通り」と呼ばれる。そして、訪れた人たちは地元の人が整備した手作りの案内板を読んだり、カメラを構えたりして歴史散歩を楽しんでいる。

 龍馬通りを5分ほどかけて登ると、平成21年夏に開館した龍馬ゆかりの「亀山社中記念館」がある。長崎市が管理運営し、開館2カ月で約2万6千人が来館。22年にはNHK大河ドラマ『龍馬伝』が放映され、「さらに来館者が増えるのは間違いない」と期待のかかる新名所だ。

 改修前の建物は、昭和40年に出版された司馬遼太郎の小説「竜馬がゆく−怒濤編」のあとがきに、解体されそうになっていると記され、一躍注目を集めた。明治以降、建物の所有者が何度か代わり、当時のオーナーも、このときまで建物の由来を知らなかったという。即座に解体を取りやめ、全国から訪れるようになった龍馬ファンや司馬ファンをもてなしたという。

 平成元年には地元の住民らを中心に「亀山社中ば活かす会」が結成され、一時的に建物を管理。21年から10年間、長崎市に無償貸与されることが決まり、これに合わせて改修された。

 亀山社中ば活かす会幹事の黒岩信元さんは「社中だった当時、土間と3畳、8畳、10畳の3間あり、中2階もあったと推定され、今回の改修でその間取りが復元された」と感慨深げだ。

 龍馬は、勝海舟が主宰する神戸海軍操練所の塾頭を務めていた元治元(1864)年2月23日、初めて長崎を訪れた。関門海峡で外国船を砲撃する攘夷を決行した長州藩への報復準備を進めていた米、英、仏などの連合艦隊に、攻撃を思いとどまるよう説得に向かった勝に同行していたのである。

 6月、長州藩や土佐脱藩の志士らが京の旅館で新撰組に襲われる池田屋騒動が起き、7月には御所に突入しようとした長州藩兵が、薩摩藩や会津藩を中心とする警護兵らと市街戦を繰り広げた蛤御門の変が勃発(ぼっぱつ)。長州藩に同情的な練習生が多かったという神戸海軍操練所は、反幕的活動と疑いの目を向けられて10月に閉鎖され、勝も軍艦奉行を免職となった。

 龍馬は、操練所閉鎖に伴う帰国命令に従わなかったことから再び脱藩、慶応元(1865)年9月に練習生のうち土佐系を中心にした脱藩者を引き連れて長崎に移った。このとき、亀山と呼ばれる小高い丘の中腹にある建物を本拠に、商社と海運業、政治結社を兼ねた組織として立ち上げたのが亀山社中だった。

 亀山社中の設立には、地元の支援もあったようだ。なかでも、長崎の豪商、小曽根英四郎と、長男の乾堂ら親子は龍馬と深くかかわっていた。長崎市小曽根町にある小曽根家の17代目当主、吉郎さん(62)は、当時のエピソードを語る。

 「亀山社中の建物は、近くにあった亀山焼の陶工の宿舎だったものを、乾堂が世話したと思われる。発足したばかりの亀山社中は経済的に苦しかったので、長崎に寄港する船に井戸の水を売るアルバイトをしていたとも伝えられている」

 亀山社中は第二次幕長戦争で、長州藩が購入した汽船ユニオン号に乗り組んで勝利に貢献したが、終戦とともに事実上、活動は休止した。難局打開のためもあって、龍馬は慶応3年2月、長崎の料亭で土佐藩の家老、後藤象二郎と会談し、土佐藩との提携を決定。翌3月、亀山社中は土佐藩の資金で運営する「海援隊」に改組し、本部を小曽根家の邸宅に置いた。

 現在の小曽根家当主、吉郎さんの自宅には、龍馬ゆかりの数々の遺品が残されているが、中でも目を引くのは、妻のお龍が愛用した月琴だ。龍馬らが第二次幕長戦争で長州側に立って参戦した際、小曽根家に預けられたお龍が練習に使っていたという。

 吉郎さんの妻、育代さん(61)は、月琴をつま弾きながら当時をしのぶ。

 「装飾のない簡素なつくりなのは、練習用だから。弾き方を教えたのは、当時12歳だった乾堂の娘、キクです」

 龍馬の生きざまに、小曽根家は共感し、あらゆる協力を惜しまなかったという。

 「亀山社中」 龍馬らが薩摩藩などの援助で設立。日本初の「カンパニー」ともいわれる。発足から約1年半後の慶応3(1857)年春、土佐藩の外郭機関「海援隊」に改組した。設立時のメンバーは20人余。日清戦争時の外務大臣で、幕末に結ばれた諸外国との不平等条約の改正や治外法権の撤廃に尽力した陸奥宗光や、龍馬の秘書役として活躍し2代目海援隊長を務めた長岡謙吉、自由民権運動の指導者のひとりで初代衆議院議長に就任した中島作太郎らが参加していた。(服部幸一)

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